はじめに:職人が淘汰される時代
こんにちは、株式会社LEGAREA代表三坂健悟です。
私は今33歳ですが、業界の諸先輩方からひと昔前のエンジニアの苦労話をよく聞きます。 分厚いオライリー本を読み込み、物理サーバーをラッキングし、Strutsの設定地獄と戦っていた時代。 そこでは知識の深さと手を動かせる量こそが、エンジニアの価値そのものでした。
その積み重ねてきた2キャリアに対し心から敬意を表します。 しかし、一人の経営者として、残酷な現実もお伝えする必要があると思いこの記事を書いています。
「知識」と「実装」の市場価値は、AIによって暴落しました。
GitHub Copilotを使えば、経験3年の若手でも、ベテランが数時間かけていたロジックを数秒で生成できます。 「動くコードを作る」だけなら、もはや人間に高額な報酬を払う理由はありません。
では、エンジニアはオワコンなのか? いいえ、逆です。 「実装コストがゼロになった世界」だからこそ、いまのエンジニアにしかできない仕事の単価が跳ね上がっています。
この記事では、生成AI時代において、月100万、120万払ってでも来てほしい」と渇望するエンジニアの条件について、綺麗事抜きで解説します。
第1章:「How(実装)」のデフレと、「What(意思決定)」のインフレ
まず直視すべきは、「How(どう作るか)」にお金を払う時代は終わったということです。 PythonだろうがGoだろうが、Terraformだろうが、AIにとっては誤差です。「この言語が書けるから単価が高い」という時代は終わりました。
その代わりに、猛烈なインフレ(価値上昇)を起こしているスキルがあります。 それは、「What(何を作るか)」と「Why(なぜ作るか / 何を捨てて何を残すか)」を決める力です。
AIは「技術的負債」を理解できない
ここに落とし穴があります。 AIは依頼すれば、無限にコードを生成します。疲れを知らず、文句も言わず、言われた通りの機能を実装します。 しかし、AIは決してこうは言いません。
「その機能を追加すると、データベースの正規化が崩れて3年後の保守コストが倍になりますよ」
「このライブラリはメンテナンスが止まっているので、採用すべきではありません」
そう、AIはYesマンなのです。 放っておけば、動くけれど中身はスパゲッティ、セキュリティホールだらけ、依存関係は複雑怪奇という巨大なゴミ屋敷を光の速さで建設してしまいます。
「拒否権」を持つ者の価値
これからの時代、エンジニアの単価を決める変数は、「コードを書く速さ」から「何を捨てるかを決める力」へ完全にシフトします。
- アーキテクチャの選定: マイクロサービスにするか、あえてモノリスでいくか。
- 技術的負債の制御: AIが生み出す大量のコードの中で、どこをリファクタリングし、どこに目をつぶるか。
- NOと言う勇気: ビジネスサイドの無茶な要望に対し、工数とリスクを天秤にかけて「それはやるべきではない」と断言する力。
「動くものを作る」ハードルが下がった分、「運用に耐えうるものを作る」難易度と重要性は跳ね上がっています。 ベテランエンジニアが売るべき商品は、コードではありません。 AIが生み出すカオスを制御し、システムの整合性を保つ拒否権です。
第2章:AIを「優秀だが危なっかしい部下」として扱うマネジメント論
では、具体的に現場でどう振る舞うべきか。
あなたのチームに、以下のような新人が100人配属されたと想像してください。
- コーディング速度は光の速さ
- 文法知識は完璧
- しかし、ビジネス背景やドメイン知識はゼロ
- 平気で嘘をつく(ハルシネーションと言います)
- セキュリティ意識も低い
彼ら(AI)と競争してコードを書いてはいけません。 あなたがやるべきことは、彼らのアウトプットを厳しくレビューし、設計意図とズレていないか監視し、最終的な責任を取ることです。
「コードレビュー」こそが最強のスキルになる
皮肉なことに、AI時代に最も価値が高まるのは「コードを書く力」ではなく「コードを読む力」です。
AIが生成した一見もっともらしいコード。 その中にある種を見抜けるか。 トランザクション処理の抜け漏れに気づけるか。 エッジケースでの例外処理が甘くないか瞬時に判断できるか。
AIには「痛み」の記憶がありません。だから、平気で危険なコードを書きます。
これからの高単価エンジニアは、コードを書くパイロットではありません。 自動操縦システムが暴走しないよう監視し、異常があれば即座に介入するフライトエンジニアとして振る舞うべきです。 クライアントは、その安心感に対して単価を支払うのです。
第3章:「フルスタック」の定義が変わる
これまで(〜2024年頃)の「フルスタックエンジニア」の定義は、過酷なものでした。 「Reactも書けて、Goも書けて、AWSの構築もでき、CI/CDパイプラインも整備できるスーパーマン」。 技術の進化スピードが加速する中で、これら全てを高いレベルで維持するのは、人間の認知限界を超えていました。
しかし、生成AIの登場で、この定義は根本から覆りました。
「記憶」のフルスタックから、「実行」のフルスタックへ
これからのフルスタックとは、「全ての言語文法を暗記している人」ではありません。 「AIという『外骨格』を纏い、不得意領域をAIに補完させることで、一人でサービスを完結させられる人」です。
例えば、バックエンド一筋20年のエンジニアが、管理画面(フロントエンド)を作ろうとした時。 以前なら「環境構築」「文法学習」「CSS調整」で挫折していました。 しかし今は、「こういう画面で、このAPIを叩いて、いい感じのデザインにして」とAIに指示すれば、8割完成します。 あとはベテランの知見で「ロジックの不備」や「セキュリティ」をチェックするだけです。
「1人CTO」という最強のポジション
これは、ベテランにとって何を意味するか。 長年の経験で培った「バックエンドの堅牢な設計力」を軸に、AIを使って苦手だった領域を秒速で埋められるようになったということです。
これまでは「チーム」でなければ作れなかった規模のシステムを、「ベテラン1人 + AI」で構築できるようになります。 これからのフルスタックエンジニアは、技術カタログの広さを競うのではなく、「ビジネスの課題を、一人でどこまで完結できるか」という「完結力」で評価されます。
第4章:「ドメイン知識」×「エンジニアリング」 ─ AIが侵入できない聖域
「技術力だけで勝負したい」というエンジニアの矜持は美しいですが、AI時代においては危険な賭けです。 なぜなら、プログラミング言語(Java, Python, SQL)は世界共通の規格であり、AIが最も学習しやすい「コモディティ(汎用品)」だからです。
一方で、AIがどうしても学習できない、あるいは学習コストが高すぎる領域があります。 それが「特定の業界・企業に固有のドメイン知識(業務知識)」です。
「技術」はコモディティだが、「文脈」は資産である
論理的に考えてみましょう。
- AIが得意なこと: 「一般的なECサイトの構築」
- GitHub上に似たようなコードが無限にあるため、最適解を出しやすい。
- AIが不得意なこと: 「日本の複雑な商習慣や、法規制のグレーゾーン判断」
ここで、エンジニア歴20年のベテランが輝きます。 あなたは、技術力だけでなく、過去のプロジェクトで得た「業界の泥臭い知識」を持っているはずです。
- 金融の勘定系システムにおける「1円のズレ」の重み。
- 医療データの取り扱いにおける、匿名加工の落とし穴。
- 薬機法(旧薬事法)における、「行政指導のトレンド」と「表現の境界線」。
AIは「空気」を読めず、「責任」も取れない
例えば、「薬機法に配慮したクローリングシステム」を作る場合。 AIに聞けば、「誇大広告はダメです」という教科書通りの回答は返ってきます。
しかし、ビジネスの現場で求められるのは正論ではありません。 「この表現は条文的にはグレーだが、直近の厚労省の指導傾向を見る限り、今は攻めても大丈夫か? それとも自粛すべきか?」 という、「リスク許容度の判断」です。
AIは、先月の摘発事例のニュアンスを知りません。 AIは、もし問題が起きた時に警察へ行って事情聴取を受けてくれません。
これからの高単価エンジニアの勝ちパターンは、以下の方程式になります。
【AI時代のエンジニア価値係数】
価値 = 汎用的な技術力(AIで代替可) × ドメイン知識と責任能力(AI代替不可)
例えば、「Pythonでスクレイピングができるエンジニア」は掃いて捨てるほどいますが、「薬機法のリスクを肌感覚で理解しており、技術的には可能だが、法務リスクが高いので実装すべきではないと経営者に進言できるエンジニア」は、市場にほとんどいません。
AIはコードを書くことはできますが、ビジネスを守るためのブレーキを踏むことはできないのです。
まとめ
「新しい技術についていくのが辛い」「AIに仕事を奪われるのが怖い」 そう感じている方もいるかもしれません。しかし、悲観する必要はありません。
新しいフレームワークの書き方を必死に覚える必要性は、AIのおかげで激減しました。 その分、あなたが積み上げてきたものが輝き始めます。
「システムはどこから壊れるか」 「人間はどこでミスをするか」 「プロジェクトが炎上する予兆は何か」
この嗅覚や勘は、膨大な失敗データ学習の結晶であり、今のAIにはまだ模倣できません。
AIに仕事を奪われるのは、「仕様書通りに手を動かすことしかしてこなかった作業員」だけです。
これからの時代、エンジニアに求められるのは手を動かす速さではなく、AIのアウトプットを正しく導く判断力です。 AIには見えないリスクを予見する「洞察力」と、最終的な品質を担保する「説明責任」。 それこそが、最も高い対価を支払いたい価値になっていることをお忘れなく。

